ブルーアイランド先生の「音と絵の交叉点」第29回

ブルー・アイランド先生の音と絵の交叉点 29
絵と文 青島 広志
アルベール・ルーセルの
「バッコスとアリアーヌ」
アンニバーレ・カラッチの
「バッカスとアリアドネの勝利」
 「バッカナーレ」と呼ばれる曲種がある。オペラやバレーなどで宴会が開かれるとき、酒池肉林の騒ぎを描写した音楽であり、激しい大音響をともなう見せ(聞かせ)場である。有名なところで「タンホイザー」(ワーグナー作曲)のヴィーナスブルク(城)のバレエ音楽があるが、小規模なものでは「椿姫」(ヴェルディ作曲)の外から聞こえる謝肉祭の合唱もその一つである。ここに紹介するルーセル(1869〜1937)のバレエ「バッコスとアリアーヌ」(1931初演)の第一幕もまさにそれで、二年後に第一組曲としてまとめられている。ストラヴィンスキーを思わせる野趣に富んだリズミックな音楽で始まり、管弦楽法は極めて明快である。舞踊音楽だから当然のことだが、拍子は変化しても単純拍子のみで、演奏上の問題は起こらないだろう。様々なタイプの踊りが続き、最後は眠りに入る情景でエネルギーが減衰して終わる。
 ルーセルは時代の流れと共に印象主義から始まり、調性とリズムがはっきりした新古典主義に到達した。作品は全ての分野にわたっており、特徴的なのはギリシア神話や東洋(20歳でインドシナに勤務)の題材が多いことで、エネアス・パン・ミューズ・パドマーヴァティ・クリシュナなどのタイトルおよび中国の詩にも付曲している。
 美術では後期ルネサンス時代から絵画とくに壁画として描かれ、宴会などを賑わせるために用いられた(それ以前は新約聖書に基づく「カナの婚礼」が同様)。時代順にティツィアーノ(1520〜03頃)、カラッチ(1597〜1604)、ルーベンス(1618頃)の作例があり、最も華やかなのはカラッチがローマのファルネーゼ宮殿天井画として描いた「バッカスとアリアドネの勝利」だろう。酒の神バッカスが諸国を遍歴中に、ナクソス島で自殺しようとしている王女を救い、彼女と結ばれるという神話のハッピーエンドの場面である。長方形の湾曲した画面に信女マイナデスたち、酔った長老シレノス、半人半獣のサテュロス、空をけるエロスが二人を賛美し、主役の二人は下手から山羊と山猫に引かせた二台の車に乗ってやって来る。裸体の人物たちが重なり合い、ミケランジェロの壁画の影響が強く現われているが、バロックの特徴であるねじれた姿勢(蛇状形態=フィグーラ・セルペンティナータ)もそこかしこに見られる。カラッチはこの大作を精根せいこん傾けて制作したが、支払いが悪かったため気落ちして、以降の活動が鈍ってしまったと伝えられる。
青島 広志 1955年東京生。作曲・ピアノ・指揮・解説・執筆・少女漫画研究など多くの分野で活動。東京藝術大学講師を41年務め、多くの声楽家を育てる。日本作曲家協議会・日本現代音楽協会・東京室内歌劇場会員。著書・出版譜多数。