ブルー・アイランド先生の音と絵の交叉点 24
ドミートリイ・ショスタコーヴィチの
「ピオネールは木を植える」(「森の歌」)と
ヘンリー・ダーガーの
「非現実の王国で」
「ピオネールは木を植える」(「森の歌」)と
ヘンリー・ダーガーの
「非現実の王国で」


美術では古代ギリシアのプットー(小童、その原型はエロス)が、19世紀末期の幼女画(写真)に結び付く。
全く宗教色のない音楽作品での少年合唱と言えば、すぐに思い出すのはソビエト連邦時代のショスターコーヴィチ(1906-75)が、その直前に発表した作品(代表的なのはオペラ「カテリーナ・イズマイロヴァ」)の批判を受けて、反省の意味で国家に捧げたオラトリオ「森の歌」 の中心部に据えられた「ピオネールは木を植える」だろう。苦難にあえぐ過去、輝かしい未来を繋ぐ爽やかな音楽で、この教科書的な作品のオアシスとも言える部分だ。ピオネールとは連邦が準備した少年団のことで、集団で奉仕活動を行なう。つまりは良い子の集団で、表向きにはボーイスカウト運動に似ているかも知れない。しかし筆者は幼児の頃からこうした活動には相容れないものを感じていた。
美術誌に時折り特集が組まれるアウトサイダーアートの定義は難しい。シュルレアリスムと分かち難いのである。数多い作家の中で抜きん出ているのは、ヴィヴィアン・ガールと名付けられた少女たちの集団が悪と戦う作品(小説と挿絵という体裁をとる)を残したヘンリー・ダーガー(1892〜1973)だが、最も問題となるのは、全ての作品及び作者ですらも、生前は全く世に知られていなかったという事実である。殆んどのアウトサイダーは制作時期に「発見」され、多かれ少なかれ発表する意志を持って行くが、彼はひとり自分自身のために制作したのである。作者は生涯独身で集収したものを捨てられず、不潔な部屋の中で過ごし、食事は手近な食堂で済ませ 、老人施設に引き取られる際には大家に全部を委ねたという(これはそのまま筆者に当てはまりそう)。筆者は六本木で開かれた個展を見たが、退色を防ぐために薄暗くした会場に繰り広げられたその少女たちの冒険シーンは、そのまま20世紀後半の、わが国の戦闘少女たち——永井豪、諸星大二郎の漫画に連なっているのだった。
この類の美術評論を得意とした澁澤龍彦は、残念なことに文章を残していないが、「少女たちが両性具有なのは、作者が一日に五回も教会で天使を眺めていたため」と看破するのではないか。
青島 広志 1955年東京生。作曲・ピアノ・指揮・解説・執筆・少女漫画研究など多くの分野で活動。東京藝術大学講師を41年務め、多くの声楽家を育てる。日本作曲家協議会・日本現代音楽協会・東京室内歌劇場会員。著書・出版譜多数。




