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【独占インタビュー】バルトーク批判校訂全集 
校訂者・中原佑介氏に聞く

20世紀の作曲家、ベーラ・バルトーク(1881年-1945年)。2016年からヘンレ社とエディツィオ・ムジカ・ブダペスト社の共同出版でバルトーク批判校訂全集*1の刊行がはじまりました。
批判校訂全集、ヘンレ原典版*2楽譜の編集作業に携わっている、ブダペストのバルトーク・アーカイヴのリサーチ・アシスタントの中原佑介氏にお話を伺いました。
*1批判校訂全集…異版、広範なファクシミリ等の図版、詳しい校訂報告等を含むエディション。研究者向け。
*2原典版…演奏家による解釈、演奏法が記された旧来の演奏版とは異なり、作曲家の意図を可能な限り忠実に再現することを目的とした版のこと。バルトークのヘンレ原典版に関しては、バルトーク批判校訂全集版に準拠した実用版といった位置付けとなっている。
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中原佑介氏インタビュー

※2018年12月に行われたインタービューを再掲し、2021年10月に行われたものを今回新たに追加しました。
●バルトークの研究を始めたきっかけ

日本に居たころに、『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』の分析を通じてバルトークに興味を持ち、その奥深さに惹かれました。そしてバルトークを研究したいと思ってハンガリーに留学し、リスト・フェレンツ音楽大学の音楽学専攻に学士課程から入学しました。

とは言っても、学士課程ではバルトークに関わることはほとんどありませんでした。ハンガリーの大学は学士3年プラス修士2年の5年制で、学士の3年では基本的には基礎に関する講義が中心になっています。なので20世紀の作曲家個人を深く研究するというような機会はありませんでした。ただ、ひとつの転機となったのが原典版という講義です。これはどこの大学にもあるというようなものではありませんが、ハンガリーでは企画されている全集版の刊行のためのスタッフを育成する目的で行われています。その講義で、編集作業の演習のような課題を出され、そこで良い成績を修めて先生方に認められた、ということがありました。その関係もあって、修士論文のテーマとしてミクロコスモスの成立史を選んでみないか、と勧められました。

●今、必要とされている作曲家

日本でバルトークが紹介される場合は、やはりハンガリー民俗音楽を研究して、それを創作活動に生かした作曲家と紹介されることが多いですが、人口に膾炙した作品としてあげられるのは『ルーマニア民俗舞曲』だったりしますよね。歴史的には、バルトークはトリアノン条約前の、今よりも広いハンガリー領内でスロバキア民俗音楽やルーマニア民俗音楽などを採集していますから、ある意味ではそれらもハンガリーの民俗音楽と言えなくもないかもしれません。しかし、日本語で「ハンガリー民俗音楽」といえばやはり「ハンガリー人の民俗音楽」と解釈するのが普通でしょう。ですから、一般的に理解されていることとバルトークが実際に行っていることの間にひらきがあります。ハンガリー民俗音楽だけを研究していたわけではありませんから。

バルトークの語法を見ると、ベースになっているのは確かにハンガリーの民俗音楽ですが、例えばリズムや拍子の面ではルーマニアの民俗音楽の影響が強く見られます。ですから、単純に国民的な音楽家または国民主義的な音楽家という風に捉えるのは、問題があります。基本的には自分が直接関わった経験のある民俗音楽のみを創作活動に活かしているので、国際主義とも言えないと思いますが…。

今の国際社会を見ていると、やはり自分の国が一番、自分の文化が一番という傾向が見られますが、そのような方向ではなく、国や民族といった区切りに左右されることなく自分の芸術の道のあり方を追求したという観点からみると、バルトークは面白いのではないかなと思います。今の時代に、より必要とされていると言えるかもしれません。

●バルトークにとっての民俗音楽

バルトーク「ルーマニアのクリスマスの歌(コリンダ)」より

バルトークの作品にみられるルーマニアの影響と言えば、クリスマスの時期に歌われる「コリンダ」に特徴的な、頻繁な拍子の変更が第一に思い浮かびます。このリズムは、民謡編曲の場合のようにそのままの形で使われることもありますが、ミクロコスモス126番のようにその由来を明確に示さずに使われることもあります。また、ピアノ・ソナタのような抽象的で高度な作品にも用いられているのは面白いところだと思います。

作曲家バルトークと民俗音楽との関係は、大雑把に言うなら民俗音楽を採集している中で、芸術音楽に使えるような面白い要素を偶然発見し、自分の芸術作品に取り入れていったといえると思います。第一には、民謡がどのように発展してきたのか、という科学的な知的探究心の面から興味があったのでしょう。しかし「ハンガリーの民俗音楽がどのように発展してきたのか」を知ろうと思ったら、「周囲の人々の民俗音楽がどういうものなのか」ということも知っておかないといけない。バルトークの当初の興味関心としては、ハンガリーの民俗音楽の研究のために、スロバキアやルーマニアなどの音楽も研究したのかもしれません。ただ、それらの民俗音楽の特色を知るうちに、次第にスロバキアやルーマニアの民俗音楽そのものにも興味が移っていったのでしょう。ですから、「民族主義」という枠組みで語ることには危うさがあります。

●楽譜の編集作業とは

音楽の場合、原典版(Urtext)という言葉は独特な使われ方をしています。作曲家の意図を正確に反映した版という風に考えられていますが、実際のところは作曲家の意図だと思われるものを推定した上で編集して出版しているものなので、編集者の主観というものが紛れ込んでしまうのはどうしても避けられません。ですから、唯一無二の決定版といったものではありません。もちろん、信頼できる原典版というのは綿密な検討作業の上で、正しいと思われる解釈を選択していますが…。

ちなみにバルトークの場合は18世紀など古い時代の作曲家とは違い、作曲家自身が出版譜を校正し、認めたものが楽譜として出版されているので、出版された楽譜は基本的に正しいということを想定して編集作業を進めています。ですから、編集作業というのは、初版や作曲家による改訂版を準備する際に混入してしまった誤りなどをできる限り排除していく作業と言えるでしょう。

ただし、初版が基本的に信頼できるからと言って、編集作業が簡単という訳ではありません。バルトークの場合、自筆譜などの作曲上の資料は数多く残っているのですが、残念ながら校正譜が現存していないケースが数多くあります。校正譜は、自筆譜と初版譜との間に見られる違いを解釈するための鍵ですが、出版社にとってはそれほど重要だとみなされていなかったのでしょうか、処分されてしまったと考えられています。ですから、自筆譜には存在するが初版譜からは抜け落ちている記号などについて、それは誤りなのか、それとも意図的なものなのかは解決不可能な問題になっています。校正譜が残っていれば、少なくともそこで指示されたものは作曲家の意図によるものだと判定できるのですが。

●校訂報告・解説を充実させた全集版と演奏のための原典版

原典版や全集版の制作作業においてより大きなウェイトを占めるのは、実は楽譜そのものの編集ではなく、校訂報告の作成になります。先程もお話しましたが、楽譜の編集というのは編集者の主観によって決められてしまう部分がある程度出てくるのは避けられません。そのため、校訂報告にはどのような理由でどのような解釈を採用したのかというのが記されています。ヘンレの原典版では校訂報告の分量は最小限に抑えられていますが、批判校訂全集版には完全な校訂報告が掲載されています。

バルトークの原典版および批判校訂全集版の特色のひとつに、演奏家のための解説が充実しているというところがあります。バルトークの楽譜には独特な演奏記号や要素がありますが、これらの意味は必ずしもよく知られているとは限りませんから。たとえば、フレーズの区切りに使われる縦線(|)やアポストロファ(’)などですが、これらは他の作曲家の場合では全く別の意味で使われていることもあります。作曲家の意図を汲むためには、これらの記号の意味を正確に把握しておくことが必要です。

『ミクロコスモス』の校訂方針について。バルトークがこの作品の自筆譜を出版社に送付したのが1940年11月中旬ですから、出版作業が始まったのは第二次世界大戦中になります。ですから、初版にはさまざまなミスが見られます。特にペダルやクレッシェンド・デクレッシェンドに関しては、位置が曖昧だったり、音楽的な意図が不明瞭なものが見られるので、そういった箇所は自筆譜をもとに訂正しています。やはり、演奏に使われる楽譜は一目で見て理解して使えるものでないと困りますから、意図が明確でない譜面を作るべきではないと私たちは考えていますし、それはヘンレの原典版の方針でもあると思います。

●内容的にも面白いファクシミリや異稿を揃えた原典版『ミクロコスモス』

原典版『ミクロコスモス』の特色のひとつとして、3曲分の異稿が収録されています。III–IV巻には113番の「ブルガリアのリズム」のバルトークによる演奏を採譜したものが掲載されています。バルトークが繰り返しの際にオクターヴを重ねていることがわかります。V–VI巻には147番「行進曲」と153番「ブルガリアのリズムによる舞曲」のオクターヴを持たない版が掲載されています。ともに初期稿で最終稿ではありませんが、まだ手の小さい子供たちのための教育用作品として、当初はオクターヴを使わずに作曲していたというのは興味深い事実です。

この他の特色として、3巻それぞれの口絵にカラーのファクシミリ、そしてIII–IV巻には巻中にモノクロのファクシミリと、合計4ページのファクシミリが掲載されていることも挙げられるでしょう。それぞれ違う種類の資料を掲載しているので、ミクロコスモスの作曲過程を垣間見ることができます。I–II巻には、息子のピーター・バルトークに教えるために使った資料を掲載しています。この中には、バルトークが聞き取りの練習でピーターに書かせ、それを後に指の練習に使わせていたと考えられるものもあります。III–IV巻には、口絵の浄書譜(autograph fair copy)に加えて、草稿(draft)からのモノクロのファクシミリも掲載されています。この草稿を見ていただくと、比較的丁寧に書かれていることがわかると思います。やはり民俗音楽の採譜をするという関係で、正確に書く癖、習慣があったのでしょう。ちなみにこれは最初に作曲されたミクロコスモスの曲だと考えられますので、その点でも興味深いでしょう。V–VI巻は製版用浄書譜(engraver’s copy)を掲載しています。このように、ファクシミリは見栄えだけでなく内容的な観点からも選ばれています。

原典版の3分冊という出版形態はバルトークが意図したものではありませんが、実用的で使いやすい形になっていると私たちは考えています。他の出版社から出ている『ミクロコスモス』の中には、この3分冊という形態がバルトークが本来意図するものであったと書いているものもありますが、それは実は正しくありません。この3分冊というのは、まだすべての曲が揃っていなかった、出版準備の比較的早い段階で出されたひとつの案ですので、本来の意図と言えるようなものではありません。ちなみに、バルトーク自身の意図というのは実は5分冊だったんです。現在の6冊のうちの最初の2冊が1冊で、残りの4冊はそのまま(I–II、III、IV、V、VI)の5分冊。後に出版社からの提案により、元々の1巻が2つに分けられ、現在の6分冊という形になりました。

初版では、I巻およびII巻の最後に「ピーターのために」(Péteré)という献呈が付いています。最初の2巻をピーターに献呈するよう指示したのはバルトークです。ですが、この指示は、実は現在のI–II巻が2つに分割される前なんです。つまり、ややこしいですが本来の意図では、ピーターに献呈されたのは現在のI–II巻を一緒にしたものとIII巻ということになります。献呈が付けられている場所を変更すべきか検討しましたが、結局は初版のままにしてあります。これは楽譜そのものの問題ではありませんが、資料を検討した上で誤りと考えられるものは、出来る限り訂正するべきか、それともたとえ誤りでも作曲家が目を通して出版されたのだからそのままにしておくべきか。このあたりの判断は難しいところです。

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●理解のための助けになる写譜が付いた全集

バルトーク「ルーマニアのクリスマスの歌(コリンダ)」より

全集版のいくつかの巻には、ファクシミリの代わりとなりうる「ディプロマティック・トランスクリプション(diplomatic transcription)」が収録されています。ディプロマティック・トランスクリプションというのは、自筆譜の内容を出来る限り忠実に再現した写譜のことです。もちろん、資料的価値のある自筆譜をファクシミリで収録することには大きな意味がありますが、全集版の利用者にとっては自筆譜のファクシミリが必ずしも価値を持つとは限りません。バルトークの場合、自筆譜はそこに記された音楽そのものよりも、その音楽が出来上がるまでの過程を記録したドキュメントとしての価値が大きいのですが、作曲の過程で行われた様々な訂正は、縮小印刷されたファクシミリからはなかなか読み取ることができませんし、そのようなファクシミリから確実に読み取れるレイヤーは、印刷された楽譜との差がそれほど大きくないのです。このような場合、差異については校訂報告に記述するだけで十分だと考えられます。

ただし、いくつか例外もあります。『管弦楽のための協奏曲』に関しては、バルトークによる大規模なスケッチが残っています。これらのスケッチは、以前トルコで民俗音楽を採集したときに使ったフィールドワーク用のメモ帳の余白に書き込まれており、スケッチからは曲をどのような順番で作曲したのか、そしてどのように組み立てるのか試行錯誤した形跡を読み取ることができます。ただすでに述べたように、そういった形跡をファクシミリから読み取ることは容易なことではなく、必ずしも読み手が正しく解釈できるとは限りません。そのため、ファクシミリの代わりに入念に作成されたディプロマティック・トランスクリプションが収録されています。自筆譜の見た目ではなく、自筆譜がどのように訂正されたのか、またどのように変化していったのかを体系的に写譜していますので、作品の成立を理解したい方のための助けになるでしょう。また、将来ファクシミリ版が刊行された際や直接資料館を訪れて自筆資料を研究する際にも、自筆譜に記された内容の解読の手がかりになると私たちは考えています。

●民俗音楽という観点からバルトークを研究するのに最適な資料

『子供のために』は、ヘンレ原典版と批判校訂全集版では内容的に大きな違いがあります。全集版では初版と後にアメリカで改訂された版が見開きで比較できるようになっています。演奏する場合には必ずしも実用的ではないですが、作品をより深く理解するために、異なる版を比較検討するためには役に立ちます。たとえば、1巻31曲目のように、アメリカで改訂された版では音価が倍になり、拍子が変更されている曲がありますが、そのような違いも一目で分かりやすくなっています。

民俗音楽を基にした作品の場合、全集版にはヴェラ・ランペルトのカタログをもとにした、オリジナルの民俗音楽に関する情報が付いているのが特徴です。オリジナルの民俗音楽は、ハンガリー人にとってすらもなかなか馴染みがないものが多く、『子供のために』やその他の比較的易しい民俗音楽編曲作品の場合のように、バルトーク自身がオリジナルの民謡を出版譜に示しているものですらも、具体的にどの民謡が基になっているのか、そしてその録音は何なのか、容易に知ることはできません。

民俗音楽とバルトークの作品がまったく無関係ならば、オリジナルを苦労して知る必要はないかもしれません。しかし、バルトークの民俗音楽編曲の中には、民俗音楽が作品の成立に密接に関わっていると考えられるものもあります。ひとつの例として、『44の二重奏曲』37番の「プレリュードとカノン」が挙げられます。この曲のもとになっているのは「縁結びの歌」というジャンルの民謡で、これは恋仲にある、またはあると思われる男女を冷やかす歌です。この民謡でもそのような一組の男女について歌っていると思われるのですが、バルトークが聞いたであろう録音では、歌っている女性が歌っている最中に吹きだしてしまっている部分があります。実際の人を思い浮かべてしまって堪らなくなってしまったのでしょう(もしくは録音する場に居たのかもしれませんが)。面白いことに、バルトークの編曲の中にもこの笑いが音で表現されていると考えられる部分があるんです。このように、民俗音楽と作品の表現の間のつながりを追求しようと思っている方には貴重な資料になるでしょう。

●2019年に刊行予定のピアノ曲集(全集版)について

2019年には、1914年から1920年の間に作曲されたピアノ曲の全集版が刊行される予定です。原典版としては『練習曲』『3つのハンガリー民謡』以外は出版されていますので、それが今度改めて全集版として刊行されることになっています。

●ハンガリーに住んでいてバルトークを感じること

ハンガリーにはバルトークの名前がついている通りや、音楽高校(リスト音楽院の付属高校)があります。国立芸術宮殿という音楽ホールの一番大きいホールにも付いていますね。あとは、一時期最高額の紙幣にも使われていました。バルトークはハンガリーの一般人からは取っ付き難いと考えられていますが、音楽家や教養ある人たちの中では親しまれています。ハンガリーの子供がピアノを習い始めるときも『ミクロコスモス』と『子供のために』を使います。教育の分野に限っても、バルトーク以降に色々な作曲家がピアノ用の教育用作品を書いています。もっとも良く知られているのはクルターグの『遊び』でしょうか。やはり音楽の分野では、バルトークは大きな影響があります。

★☆★ここから今回の追加分です★☆★

●前回のインタビュー(2018年12月)から、2021年10月現在の状況

バルトーク全集に関しましては、順調に刊行が進んでいます。あれから「1914年から1920年にかけてのピアノ作品集」「合唱曲集」そして「ミクロコスモス」の楽譜本体と校訂報告の4刊が刊行され、現在はバルトークの代表作と言える「弦楽四重奏曲集」の編集作業が大詰めを迎えているところです。現在、全集版が刊行されている作品に関しては、いずれも一般の音楽家向けの原典版も刊行されています。「合唱曲集」については編成ごとに「女声および子供のための合唱」「男声合唱」「混声合唱」の3冊にまとめられています。バルトークの合唱曲は、言葉の問題もあり、一般の方にはあまり馴染みがないかもしれませんが、中にはアマチュアの合唱団のために書かれたものや、「女声および子供のための合唱」の巻に付録として収録されている「2つのルーマニア民謡」のような易しく親しみやすい曲もありますので、この機会にぜひ手に取っていただければと思います。ちなみに、この「2つのルーマニア民謡」は、すでに数度録音されていますが、楽譜として出版されるのは今回が初めてです。

 
●バルトーク全集の新刊である「ミクロコスモス」について

ミクロコスモスの全集版については、楽譜そのものはすでに刊行されている原典版と内容的にはほぼ同じです。校訂報告巻では、これまで限られた研究者以外には知られていなかった自筆資料に基づき、全ての曲の成立過程が詳しく述べられています。様々な事情により、自筆譜そのもののファクシミリはあまり掲載できなかったのですが、緻密なトランスクリプションは、バルトークの作品を研究しようと考えている方、特に作曲家やピアニストの方の手助けになるのではないかと思います。面白い一例として140番「自由な変奏曲」をあげたいと思います。この曲では、中間部分は元々は規則的な9/8拍子で書かれていたのですが、推敲を繰り返すうちに頻繁な変拍子の交替を含む、緊張感の高い現在の形に練り上げられました。校訂報告巻には、自筆譜をもとにこの推敲の過程が再構築されていますので、ピアノで実際に演奏してみると面白いのではないかと思います。

また、校訂報告巻には、ミクロコスモスの1つ1つの曲がどのような順番で作曲されたのかということや、ミクロコスモスを現在の形に整える過程で、曲の順番が幾度か入れ替えられていたということが示されています。特に曲順の入れ替えに関しては、ピアノ教師の方がミクロコスモスをレッスンで取り上げる際に参考になるのではないかと思っています。

●その他、バルトーク関連のトピックなど

「バルトークの作品における民俗音楽」というデータベース・サイトが立ち上がりました。このサイトでは、バルトークがどのような民俗音楽をもとに民俗音楽編曲を書いたのか、そしてバルトーク自身がどのように民俗音楽を取り扱っていたのかがわかるようになっています。最も面白い例は「ルーマニア民俗舞曲」第5曲の「ルーマニアのポルカ」で、バルトークの作品は3/4拍子と2/4拍子の交替で書かれており、バルトークの民俗音楽の採集ノートにおいても同じように記されています。ただし、後にバルトークは民俗音楽の記譜を2/4拍子に改めています。構造的には規則的な2/4拍子だとしても、音楽的な観点からは3/4拍子と2/4拍子と考えられること、そして自身の民謡編曲作品として、また民謡のコレクションの一部として、どのように五線に記すべきかバルトークが悩んだ様子をうかがい知れるのは面白いのではないでしょうか。
この他にも、バルトークの生前に出版された論文をまとめたデータベース・サイトの準備も進んでいます。バルトーク自身によるハンガリー語、英語、ドイツ語、フランス語などの論文に加えて、各種言語(チェコ語やポーランド語など)に翻訳されたものも掲載される予定です。
戦前の日本でもバルトークの論文がいくつか出版されたことはわかっていますので、これらももしかすると掲載できるかもしれませんので、楽しみにしていただけたらと思います。

プロフィール:中原* 佑介

2012年にリスト・フェレンツ音楽大学で修士課程(音楽学)を修了。修士論文ではバルトークの『ミクロコスモス』の成立史の前半を論じた(指導教官: Vikárius László博士)。2021年に同大学の博士課程で博士号を取得(Summa cum laude)、博士論文は『バルトークのミクロコスモスの成立とその「精神」』。2015年9月からはハンガリー科学アカデミー人文学研究センター音楽学研究所附属バルトーク・アーカイヴにおいてリサーチ・アシスタントとして勤務し、バルトーク・ベーラ批判校訂全集版の編集作業に携わっている。これまでに第40-41巻「ミクロコスモス」の編集、および第30巻「弦楽四重奏曲集」の校訂報告巻の編集協力を担当。
*正式には点がない「原」です
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